ひとりごと
タバコを吸わない時間ができた。
寝てる間とか食べてる間とかそういう「吸えない時間」じゃない。
でも、それは健康に気をつけて控えてるってわけでもない。
そして今はその時。
「・・・」
私の膝、本当はふとももだけど、皆斗がそこで寝息をたてている。
膝枕。
タバコを吸うのは勿論口。
その下には皆斗の頭。
タバコの灰。
簡単な推理だよワトソン君、ニュートンは林檎の落下で重力を発見したんだろ?
タバコの灰っていうのは気をつけて吸っていても、知らないうちに細かい灰が服の上に落ちてたりする。
馬鹿みたいにくしゃみをしない限りタバコ自体は落とさないだろうけど、灰皿から口の往復とか。
私なんかの膝で折角気持ち良く寝てらっしゃるのに、灰が顔やら髪の毛の上に落ちたらなんて思うと慰謝料でも払わないといけない気持ちになる。
なんだっけ、タバコの温度は700度だっけ。
・・・寝起きの悪いあんただ。まぁ、目覚ましには良いかも、と皆斗の髪に触れてみる。
なんか前より伸びてきたね。
授業の無い、平日の午後。
開けた窓からは湿った風が入ってくるけど、そんなに暑くもなく過ごし易い一日。
高校に行く美汐を見送ったその足で、皆斗の家に。
何をするでもなく、二人でだらだらしてたらいつの間にかこうして私の禁煙タイム。
皆斗が寝入ってから・・・20分くらいだろうか。
ずっと同じ姿勢で尻と足が痛くなってきたけど、いつものことだ。
私の家でも美汐もよくこうしてくる。
夕飯の片付けが終わって私がテレビを見ていると、エプロンを外しながら近づいてきてコロン。
こんな痩せっぽちの足。私の膝枕はそんなに気持ち良いもんかね。
「・・・」
自分で言うのもなんだけど気持ち良いのかもしれないな、と兄妹して同じような顔で寝てるのを見ると思う。
なんとまぁこんな・・・。
自然に唇の端が上がってしまう。
最近特に何もしていないのに良い時間を過ごすことができていると感じることが多くなった。
誰かを、こうして膝枕してぼーっとする禁煙タイムがその一つだった。
子供みたいに寝ている顔を眺めているだけなのに。
少し前までは一日何もしないでぼんやりしていても、特に感慨はなかった。
朝起きる、朝食を食う、大学に行く、帰ってきて夕飯、風呂、寝る。
将来の夢を目指すとか、NHKが好きそうな展開は私には昔から無かった。
私は子供の時からそのまま大きくなった、と皆言うけど本当にその通り。
小学校の文集では将来の夢っていうテーマで作文しないとダメだったから、毎日家で過ごしていることを書いた。
朝起きて、朝食、仕事行って、夕飯食べて、風呂入って寝る。
常に変わらない自分でありたい、って先生は妙にポジティブに考えてくれたみたいだけど。
合間合間タバコを省いても、今の生活が昔と変わってないのは夢を叶えていると言って良いかもしれない。
大学生の時間を適当に過ごして、実家に帰って、就活して、適当に働きながら、海を見て・・・またこうしてぼんやり過ごすんだといつも思っていた。
もし私の生涯が映画になったとしたら、温厚な日本人でも退屈すぎてスクリーンにポップコーンを投げるくらいするだろう。
私にはサクセスストーリーなんて無い、アメリカンドリームなんて英語の夢を見るだけで充分だ。
ずっとこのままって思ってた。
でも・・・皆斗の額に起こさないように手を置いた。
寝汗がうっすらと浮いた額は温かい。
私の手は冷たいから、この温度は心地良くて好きだ。
私の体全部が皆斗の温度になったらと思う自分。
時間が流れることを気持ち良いと思うようになった自分。
これってちょっとしたサクセスストーリー?
・・・恋って偉大だなぁ。
思わず噴きだしてしまう。
「・・・んぁ」
うっすらと目を開ける皆斗。
「あぁ・・・お、起こしちゃった・・・?」
それだけ言うのが精一杯。
ごめん、って謝りたかったけど小さな笑いがこみ上げて仕方ない。
私が、私が、恋なんて偉大だなぁ?
どこの恋愛漫画だ。
「・・・ん?・・・俺、寝言でも言った?」
「いや、何も・・・言ってないよ」
「・・・目開けて寝てたとか?」
「ちゃんと閉じてたね」
「なんだよ、それじゃ・・・エロいことでも考えてただろ」
「いいえ、考えてません」
「・・・変なの」
いつものように肩をすくめる皆斗。
「たいしたことないよ」
「へいへい・・・。なぁ、足痺れてない?」
本当は少し痺れてるけど、我慢なんかいくらでもできる。
「平気。眠かったらもっと寝なよ」
「あんがと・・・」
皆斗は余程眠いのか、目を閉じるとすぐに寝息をたてはじめた。
寝ていても団扇の動く親心っていう川柳を思い出して、また小さく笑うことができる、幸せな禁煙タイム。
時間は過ぎていく。